しつけと訓練とでは何が違うのか?~Part2~

前回、しつけとは?訓練とは?関係とは?という部分に少し触れました。

で、今回はその続きを具体的な例を挙げながら、さらに考えてみたいと思います。

私の所へ相談に来られる方の大半は、自分でやってみたけれどしつけが上手くいかず、それでも何とかしなきゃと思い本やインターネットで調べたり、また、プロに相談されたりもしています。

そこで中には犬の学校へ預ける事を選択された方も居られるのですが、結局家に帰ってくると預ける前とあまり変わらない…という話は非常に多いです。

それもそのはず。なぜなら人間の子供と同じで、学校は学校、家は家だからです。

人間に例えて言えば、学校の先生は指導者として生徒に対して、媚びる事無く、一貫した態度で常に付き合います。(先生の中でも違いがあるでしょうが、あいまいな先生へ対しては生徒の態度が絶対に違うはずです。)

だから生徒は学校の先生の前ではやるべき事をちゃんとやる訳です。

家ではちっとも…それは言わば当然の事で、学校は『しつけ』をする所ではなく、『勉強』をする所、だからそうなるのです。

勉強が非常に良く出来るとても頭の良い人と、人として礼儀正しくマナー良い人、とでは意味が全く違う事なのは言うまでもありません。
それこそ両方兼ねそろえている事にこした事は無いのですが、こればっかりは学校に行かせるだけでは無理ですよね。

先生はあくまでも先生であって親ではないのですから、学校のお勉強でどれだけ優秀であっても、その子の人間性や親への態度などはそれと比例して優秀にはならないという事と同じなのです。

学校の先生であれ家庭教師であれ、教える事が勉強である以上、親と子の関係に変化が起こる訳ではないというごく当り前の話ですね。

では、さらに親子の関係という点で考えてみましょう。

いつも好き放題でほったらかしの人から、何か注意された場合、果たして素直に聞きいれるでしょうか?
また、時に注意し時に見て見ぬふり(面倒くさいとか、今は忙しいとか、叱るべきか判断できない…)、こんな風に一貫していない場合はどうでしょう?

気分や時間に左右されいつも違う態度を取っていると、当然今回は大丈夫かもという感情が生まれます。

かといって、やみくもに叱ってばかりいると隠れてコソコソやるようになったりもしますし反発も生まれます。

しつけを行う事でお互いの関係が作られるのですが、その為にはなぜそれがしてはイケナイ事で、何をしている事がモラルでありルールなのか、を理解させなければなりませんよね。

必要なのは、理解させるための根気と、常にルールを守らせる一貫した態度、これに尽きるはずです。

この様な考え方は、決して犬を擬人化しているのではなく、あくまでも人と犬とのしつけにおける共通する部分、として考えると理解し易いと思います。

そしてそれを踏まえた上で、では実際に犬に置き換えた場合どのように接していくべきか、をより具体的に考えないといけません。

「学校へ行かせて、スワレ・フセ・マテ・ツケ・コイ、が出来るようになったんだけど、まるで落ち着きが無いんです…。」

「トレーナーの言う事は聞くのですが、私の言う事は全く聞きません…。」

「トレーナーの前ではとっても良い子なのですが、帰ってしまうとむちゃくちゃで…。」

これって、過去に訓練を受けてました、という方からホントに良く聞く言葉です。

私自身も今より前、「トレーナーさんが見ている時だけは良い子なんですけど」と言われた経験はもちろんあります。
オーナーから預かった犬を、なんとか良い結果を出したいと必死に訓練した結果がこれだったりしました。

なぜか?

それは、自分との関係作りを行っていたのであって、オーナーとの関係作りを行う為の指導ではなかった、からです。
当時はまだそこの意識が甘かったんですね。

結局犬を誰かにしつけてもらうとこうなるという事です。
しつけて貰うのではなくてしつけ方を学ばなければ何も変わらないというのが現実。

自分は楽をして厄介事は誰かに任せよう、というのは犬の場合は甘い考えです…。
感情を持った生き物ですから。

みなさんはもうお気付きですよね。

では今回はここまで。

次回のPart3でお会いしましょう!